財団組織にしようじゃないかと言うことになりました。財団と言うのは、皆の小さな善意を集めて、その使用目的は こうしてロータリー財団が法人格を取得して、ポール・ハリスが1947年1月27日に亡くなります。生前ポール・ハリスは、若者を育てようと言った。ロータリー財団の理事達は、ポール・ハリスの遺志を継いで、ロータリー財団にお金を集めて、そして国際平和の樹立に資するようにしようじゃないか。人を育てる為に、若者を育てる為に使おうじゃないかと言うので、ロータリー財団の奨学金制度が出来上がるのです。そして長期的に見れば、この若者がどこかの国の大統領になるとか、緒方貞子氏の様に、日本から出たロータリー財団の第一期の留学生が国連に勤めて、高等弁務官になる。事務総長に次ぐ権職です。世界的な緒方貞子さんは、ロータリー財団が生み出した見事な実例であります。緒方さんの父親というのは、朝日新聞の主筆を務めていた方で、二・二六事件の時に軍隊が編集長の部屋に入って「国賊だから撃ってやる」と |
言ったら「何をするのか。私を撃って、こと国政が変わるなら、遠慮なく撃て」と言ったら、兵隊は帰って行ったという話であります。あの方が長生きしたら吉田茂の跡取りで総理大臣になったのですが、吉田さんより早くこの世を去りました。貞子さんはその娘さんです。緒方貞子さんはロータリー財団の日本から出た奨学金の第一号。ロータリー運動の偉大な効果でありまして、こういう次第で、ロータリー財団には寄付をして戴きたいと言うことなんです。 問題はクラブでは食事を各自の負担にして、後は人頭分担金その他通信連絡費だけを残して、残りはロータリー財団に寄付する事がよいのではないかなと思います。どこまで行ってもロータリーは、実践活動の背後に、親睦という精神概念、あらゆるタイミングを自己研鎭のモーメンタムmomentumとして捕らえると言う発想があれば、説明としては、国際奉仕の問題は一言で解決が付くものだろうと思います。 7.ニコニコボックス * )
8.出席報告 9.点鐘 会長 加藤 庄司
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